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妻木城の沿革
妻木城址の会について
妻木公民館郷土資料室

土岐市妻木町1370-1
TEL:0572-57-4564
FAX:0572-57-4590
館内に併設されている郷土資料室には妻木城址がある城山の模型をはじめ妻木城主が身に付けた鎧甲冑などが展示してあり、散策スタート前にここで予備知識を仕込むのにピッタリ。
会報 乙姫城
↓ 詳しくはクリック


妻木城の別名を「乙姫城」といいます。いつのころからそう言われるようになったかは定かではありませんが、城山の中腹に「姫滝」があり、その名を連想させます。
投稿者 : masa 投稿日時: 2014-06-03 17:47:02 (1448 ヒット)

平成25年度 事業報告

平成24年度 事業報告

平成23年度 事業報告

平成22年度 事業報告

平成21年度 事業報告

平成20年度 事業報告

平成19年度 事業報告

平成18年度 事業報告

平成17年度 事業報告

平成16年度 事業報告

平成15年度 事業報告

平成14年度 事業報告

平成13年度 事業報告

平成12年度 事業報告

平成11年度 事業報告

平成10年度 事業報告

平成9年度 事業報告

平成8年度 事業報告

平成7年度 事業報告


投稿者 : masa 投稿日時: 2014-05-29 15:59:59 (1059 ヒット)

平成25年度 妻木城址の会事業報告

1、城山美化整備
(1)史跡指定地・登山道の整備、草刈作業
城山及び登山道草刈り作業 4/28
御殿跡草刈り作業 7/1・8
     
2、妻木公民館郷土資料室に関する事業
(1)資料の収集と管理、展示室の改善・充実
 古文書の整理と解読
 資料調査部会名 古文書の解読、資料整理
 古文書解読育成の会 古文書解読の勉強会
(2)特別展の実施
『土岐市における近代窯業の偉人?中島玉吉?』 11/3?12/25  (記帳187名)
『妻木小学校140年写真展』1/17?2/28   (記帳225名)
(3)講演会
   総会講演『焼物とともに歩んだ郷土の歴史』 5/12
『土岐市における近代窯業の偉人?中島玉吉?』12/4
        (財)土岐市埋蔵文化財センター 中嶌 茂
(4)入門古文書講座 資料調査部会担当 5/8・22、6/12・26、7/10
(5)ふるさと歴史講座
1/22 妻木小学校140年の歴史   黒田正直
2/5 土岐明智氏について その1  黒田正直
2/19 土岐明智氏について その2  黒田正直
3/5 幕末の窯業 ?妻木村を中心として? 中嶌茂
3/8 歴史散策(公民館?八丁畷?浦山)  黒田正直
3/19 崇禅寺の歴史と文化       黒田正直

3,研修旅行
(1)研修旅行 参加者45名
6/19 滋賀県 多賀大社、豊郷小学校、麒麟麦酒滋賀工場他

4、写真資料部会の事業
(1)カメラクラブ定例会 毎月1回開催
(2)撮影・データ記録
   5/18 妻木の史跡を撮る 上郷地区
   6/12 妻木小学校「人文字」撮影
   7/6 妻木平遺跡発掘調査現地説明会 データ記録
   9/7 「野焼き窯」、10/13八幡神社例祭・火縄銃実演を撮影
1/17 妻木小学校140年記念式典撮影
3/8  歴史散策に同行撮影
(3)写真展の開催
   11/2?3 公民館文化祭においてカメラクラブ作品発表
11/14?12/26 「妻木 製陶業の今」写真展
3/10?28 「妻木を撮る」写真展
(4)その他
データ整理

5、手作りよろいつくりと火縄銃実演について
(1)妻木小学校付属幼稚園 親子手作りよろい教室  
       5歳児対象 52名 (城址の会役員8名)6/8
・10/9 幼稚園とよろい行列の打合せ
(2)火縄銃の実演及びよろい行列 10/13 流鏑馬にあわせて実施
   ・鉄砲隊 山口さんと打合せ 8/23
   ・火縄銃申請書類等多治見署へ提出、地域課へ警備依頼 9/9
・火縄銃物品準備とチェック 9/28・10/12

6、その他
(1)4/28 城山八幡神社例祭 上郷嶋と合同
(2)5/16 妻木小6年授業(城山・御殿跡・崇禅寺)55名
(3)7/6 妻木平遺跡発掘調査現地説明会
(4)9/11  国交省砂防事務所 副所長来訪
(5)10/1  国交省多治見事務所と砂防ダム視察(所長、副所長他)
(6)1/16 国交省開放講座「水と街道」(資料室・御殿跡・浦山第2堰堤・八幡神社)

7、会議
(1)総会 5/17
(2)役員会 4/23・1/28
(3)事務局会 4/18・5/10・7/11・9/24
(4)研修委員会 6/4・6/18
(5)国土交通省関連会議「妻木砂防遺産のある町 散歩構想」
8/6・8/29・9/18・11/14・12/3・12/20


投稿者 : masa 投稿日時: 2014-05-29 12:28:34 (2599 ヒット)







 妻木城は標高409mの城山の山頂に築かれた山城です。また、城山の北側山麓には、御殿跡、士屋敷跡の遺構が残されています。
 いつ築城されたかは定かではありませんが、一説には暦応2年(1339年)に土岐明智彦九郎頼重が祖父である美濃国守護職土岐伯耆入道頼貞の遺領を継ぎ、妻木郷の領主になった後に築城されたと言われます。
 しかし、近年の発掘調査によって戦国時代に築城されたことが明らかになってきました。この地方は戦国時代、武田氏と織田信長の両勢力の接点に辺り、織田方の城として防備が整えられていったものと考えられます。
 妻木氏は関ヶ原の戦い(1600年)に徳川家康に味方し、その戦功により土岐群内7500石の交代寄合(参勤交代をする旗本)として妻木陣屋を拡張整備しました。しかし、万治元年(1658年)領主の急死により跡継ぎが無く、妻木氏は断絶となり妻木陣屋(妻木城)は取り壊されました。
 妻木城は時代とともに改修されてきました。山上には本丸、二の丸、三の丸、太鼓櫓、蔵跡などの伝承があり、また、山麓には関ヶ原の戦い以後大改修されたと思われる妻木陣屋(御殿跡・士屋敷)の区画が石垣とともに残されています。貴重な遺構として岐阜県史跡に指定されています。


投稿者 : masa 投稿日時: 2014-05-29 12:25:27 (2024 ヒット)

1.会の誕生
 子どもの頃から慣れ親しんできた妻木の自然と歴史は、戦後の高度経済成長期に大きく変容しました。昭和40年代後半、城山の麓に広がる御殿跡が県道によって分断され、これによって貴重な遺構が消滅しただけでなく、周囲の景観も大きく変わりました。そして相前後して苔むした石垣が段々に積まれたかつての屋敷跡には新しい住宅が建ち並びました。廃城以来300年以上にわたって保たれてきた城跡の景観に大きな危機が訪れました。

2.会の活動
 妻木城址の会は、妻木城跡・士屋敷跡の保存運動だけでなく、妻木町の町おこしという側面を持っています。多くの住民が郷土を愛し、妻木の歴史を誇りに思う土壌作りが、歴史景観を守り後世に伝えることになると私達は考えています。そして具体的には次のような活動を実践してきました。

3.今後の課題
 会が発足して10年が経過しました。しかし今後の活動には難問が山積みしています。妻木城跡の保存運動にとって、史跡指定地の大部分が私有地である事は大きな課題です。また城の再建など観光資源として活用をという声があるのも事実です。
 石垣が、草刈りによって何十年ぶりに姿を現わしました。自分達の目で見ることによって私達は妻木城跡を再認識したわけです。
そして、秋の正式発会を目標に草刈り作業、看板の設置、会員募集などの事業が動き出しました。10月29日発会式を迎え、「妻木城址の会」が誕生しました。
 そんな中で妻木城址の会は平成7年2月24日に準備会が発足し、史跡の草刈り作業を町民に呼びかけ、県道の傍らにありながら、雑木林となって誰の目にも触れなかった

妻木城跡や士屋敷跡の草刈りや登山道の整備、案内板標識の設置や補修
妻木公民館に併設された郷土資料室の運営
資料の保存や収集、古文書などの解読作業などの調査活動
妻木城跡や郷土資料室の見学者の案内
手作りよろい教室や歴史講座などの実施
毎年おこなわれる火縄銃の実演や、妻木さんサミット・杜のかがり火コンサートなどイベントの実施
機関誌の発行や出版物、絵はがきの作成などの普及活動

 会員は妻木町の住民を主体として、土岐市内外の賛同者及び全国の「妻木」姓の皆さんにご支援いただいています。

 しかし会の主目的は歴史的景観の後世への継承であり、短絡的な観光開発では無いことをどう理解してもらうか、保存と活用を両立させながら今後どういう青写真を描いていくのか、地元の声を聞きながら会の方向性を示す時期にきていると考えています。また活動は長期間にわたって地道に続けてこそ意味があるものとなります。打ち上げ花火に終わることなく、地域住民の理解と協力を得られる活動が持続できるかに会の成否がかかっています。今後とも妻木城址の会の活動にご理解、ご支援をお願いいたします。


投稿者 : masa 投稿日時: 2014-04-29 13:21:11 (822 ヒット)

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八幡神社

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八幡神社の創建は、元応元年(1319年)に美濃国守護土岐頼貞によるとも、頼貞の孫土岐明智頼重が妻木城築城後に建立したとも云われます。妻木城主の氏神として手厚く保護されてきました。流鏑馬が行われる広い参道や68段の石段の上に建つ社殿は、妻木城主の栄華が偲ばれます。絵馬など岐阜県、土岐市指定の文化財を多数所蔵しています。
崇禅寺

崇禅寺は土岐明智氏の初代頼重が文和三年(1354年)に夢窓国師を勧請開山、果山禅師を開山として創建しました。妻木城主代々の位牌や墓所があります。
流鏑馬神事

元和9年(1623年)、妻木城主妻木家頼が武運を祈り馬を1頭奉納したことが始まりといわれています。小学校4年生から6年生の6名が馬の乗り手を行い、陣笠羽織姿で3回、古代衣装で3回の計6回行われ、参道の坂道(約130m)を駆け上がります。1回の流鏑馬を終えて元の位置に戻る途中で、馬の乗り手から縁起物の扇子や鞭が参拝者へ向けて投げられます。
火縄銃の実演

妻木城主、妻木家頼が関ヶ原の合戦際して西軍岩村城主田丸氏を撃破した古事にちなんで、10月の第二日曜日(流鏑馬神事の日)妻木小学校校庭にて行われます。
妻木町 歴史散策
「東濃ショッパー」というフリーペーパーで連載しておりました「東濃歴史散策」を編集・改編してアップしていきます。古い記事もあるので、今現在と状況が違うこともあります。ご了承下さい。

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