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妻木城の沿革
妻木城址の会
妻木公民館郷土資料室

土岐市妻木町1370-1
TEL:0572-57-4564
FAX:0572-57-4590
館内に併設されている郷土資料室には妻木城址がある城山の模型をはじめ妻木城主が身に付けた鎧甲冑などが展示してあり、散策スタート前にここで予備知識を仕込むのにピッタリ。
会報 乙姫城
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妻木城の別名を「乙姫城」といいます。いつのころからそう言われるようになったかは定かではありませんが、城山の中腹に「姫滝」があり、その名を連想させます。
お知らせ
お知らせ : 妻木城の歴史
投稿者 : masa 投稿日時: 2014-05-29 12:28:34 (1781 ヒット)

 妻木城は、近年の発掘調査によって戦国時代に築城されたことが明らかになってきました。
 この地方は戦国時代、武田信玄と織田信長の両勢力の接点に辺り、織田方の城として防備が整えられていったものと考えられます。
 築城から廃城までの間に幾たびか、時代と共に改修されてきました。城山山上には、郭(くるわ)や堀切、土塁などが残り、本丸、二の丸、三の丸、太鼓櫓、蔵跡などの伝承があります。
 また、山麓には関ヶ原の戦い以後、旗本妻木氏の陣屋として大改修されたと思われる御殿跡や侍屋敷などの区画が石垣とともに残されています。
 江戸時代初期の城郭遺構が、居館や家臣団の屋敷、城下町を含めて残されている例は全国的にも極めてまれで岐阜県史跡に指定されています。

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八幡神社

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八幡神社の創建は、元応元年(1319年)に美濃国守護土岐頼貞によるとも、頼貞の孫土岐明智頼重が妻木城築城後に建立したとも云われます。妻木城主の氏神として手厚く保護されてきました。流鏑馬が行われる広い参道や68段の石段の上に建つ社殿は、妻木城主の栄華が偲ばれます。絵馬など岐阜県、土岐市指定の文化財を多数所蔵しています。
崇禅寺

崇禅寺は土岐明智氏の初代頼重が文和三年(1354年)に夢窓国師を勧請開山、果山禅師を開山として創建しました。妻木城主代々の位牌や墓所があります。
流鏑馬神事

元和9年(1623年)、妻木城主妻木家頼が武運を祈り馬を1頭奉納したことが始まりといわれています。小学校4年生から6年生の6名が馬の乗り手を行い、陣笠羽織姿で3回、古代衣装で3回の計6回行われ、参道の坂道(約130m)を駆け上がります。1回の流鏑馬を終えて元の位置に戻る途中で、馬の乗り手から縁起物の扇子や鞭が参拝者へ向けて投げられます。
火縄銃の実演

妻木城主、妻木家頼が関ヶ原の合戦際して西軍岩村城主田丸氏を撃破した古事にちなんで、10月の第二日曜日(流鏑馬神事の日)妻木小学校校庭にて行われます。
妻木町 歴史散策
「東濃ショッパー」というフリーペーパーで連載しておりました「東濃歴史散策」を編集・改編してアップしていきます。古い記事もあるので、今現在と状況が違うこともあります。ご了承下さい。

※無断転載を禁止します 妻木城址の会